特集-リレー連載

タイトルどおりSNS保健指導向上委員会の現場に関わる会員の方を中心に、リレー形式で連載記事を執筆いただく企画。毎回、執筆いただいた方に「次はこの人にこれを聞きたい!」をお聞きし、バトンをつないでいきます。

第24回は、三浦秀史さん⇒野田隆さん へのバトンです。

第24回
「子どもらに 無煙の世紀を プレゼント」

禁煙支援小児科医
野田 隆(のだ たかし)
(SNSハンドルネーム:たっちん)
1998年12月3日が禁煙記念日。1999年8月高橋裕子さんと出会い、同年10月勤務先の病院で禁煙外来を立ち上げる。2001年宮崎県串間市で小児科医院開業。

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野田隆さんからのひとこと
三浦さんから、「高橋一座のドラえもん。宮崎県串間市で小児科を開業するたっちんこと野田先生にバトンをつなぎたいと思います。なぜ、小児科が禁煙支援にはまるのか。そんな話をお聞かせ頂ければと思います。」と。残念ながら、便利なポケットは持っていませんし、カラオケ好きですからジャイアンです(笑)。なぜ、小児科医が禁煙支援にはまるのかについて、元喫煙者の立場から書いてみます。

禁煙マラソン沿道ランナー!?

1998年の12月3日。28年間吸い続けたタバコをやめ、私は禁煙を開始しました。動機はタバコの値上げと、患者さんの母親のタバコ屋のおばさんの一言です。当時の値上げの理由は「国鉄の借金返済に充てるため」でした。禁煙車(喫煙車ではありません!)を列車に作った国鉄の借金を、喫煙者のタバコ税で賄うのは理不尽だと憤っていました。

そこにタバコ屋のおばさんの一言。「値上げでみんな禁煙して売り上げが減るけど、1週間もすると我慢できなくなって2倍売れる」と言われたのです。ずいぶん馬鹿にされた気分で、何としてもやめようと決心しました。

タバコのやめ方について、インターネットで検索していた時に、禁煙マラソンのHPに出会いました。残念ながら申し込み期限が過ぎていましたのでメンバーになれませんでしたが、順を追って書かれていた離脱症状(タバコをやめた時に出る身体・心理現象)を、必死に暗記しました。

禁煙をはじめると、次はどんな気分になるのだろう、どんな身体現象が起こるのだろうと不安でいっぱいになり、自分に起こった悪いことはすべて禁煙のせいだと考えるのが禁煙者の常です。しかし、私は原作を読んでからサスペンス映画をみるように、禁煙者におこるストーリーを先にしっかりと知っていましたので、ドキドキすることなく余裕を感じてスタートとできました。

実際に禁煙マラソンのランナーとしては走っていないので、自分は沿道を走ってゴールインした沿道ランナーと自称していましたが、今年8月27日、禁煙マラソンの入学式典で今までの功績?で特別にランナーとして登録されました。


喫煙者の常套句への「返し」はコレだ!!

「禁煙して文句をいった奴はいない」。私が、講演でよく使うフレーズです。しかし禁煙する前の喫煙者は、実によく文句を言います。28年間タバコを吸っていた私もそうでした。「洋モクを吸って、貿易摩擦の解消に貢献している」「飽き症の自分が、唯一続けているのがタバコです」「タバコをやめて長生きするくらいなら、吸って早死にしたほうがいい」などと自分勝手な言い分を喚き散らしていました。

そんな喫煙者たちから「タバコを吸ったこともない人に何がわかる」などといわれて、へこんでしまう健康支援者の方がいらっしゃいますが、「出産も授乳もしたことのない産科医もたくさんいらっしゃいます」と皮肉たっぷりに答えられてはいかがでしょう。押しの強いタイプの方なら「喫煙者の世界はわからないかもしれませんが、あなたの知らない禁煙者の世界はよくわかっています」と自信たっぷりに言ってはいかがでしょう。

本質的に喫煙者は自分勝手です。自分の吸うタバコの煙はいいが、人の吸うタバコの煙は嫌だと言って、禁煙車に乗る喫煙者がいます。そして、タバコを持つ手は必ず風下にあります。依存性薬物の恐ろしさで、自分でも嫌だという感情があるのにやめられないのです。

上記のことを実感したのは、私が禁煙開始後1カ月を過ぎたころです。当時田舎の市立病院勤務医でしたが、病院売店に私しか吸わないタバコの銘柄があったのです。お正月も無事に禁煙できてホッとしていたのでしょう。売店に私以外に吸わないタバコの銘柄がある。ずっと売れ残ると零細な売店の経営を圧迫するのではないかと思い、売店のおばさんに「あのタバコ売れ残っていませんか? それを吸い終わってからまた禁煙します。」「いいですよ。禁煙続けてください。返品すればいいだけですから」とおばさん。

へなへなっと腰が砕けそうになりました。勝手な理屈をつけて、喫煙を再開しようとする自分が恥ずかしくなりました。

その後も、アルコール好きで自制心に自信のない私は、再喫煙の不安に駆られていました。1月の危機は売店のおばさんの一言で切り抜けたのですが、外で飲酒のたびに誘惑に駆られました。妻がアルコール好きなのを幸いに、家で飲むことで乗り切れました(今思えば、妻はアルコール好きを理由に、禁煙へ強力な援護射撃をしてくれていたのでしょう)。


喫煙者は禁煙の機会を待っている

その年の8月に外来小児科学会というところのWSで高橋裕子先生に出会いました。その時おねだりをして高橋先生の著書の「禁煙外来の本」をいただきました。人に禁煙を勧めているうちは喫煙者も誘惑に来ないし、何よりも自分の励みになると思い、ヘビースモーカーの院長を「あなたに禁煙を勧めるのではない、ぜんそく児の親に禁煙を勧める外来を作るのです」と説得して、宮崎県で初めて小児科に禁煙外来(ノウハウはすべて上記の本にかいてありました)を開設しました。

初めは、人がなかなか訪れてくれません。そこで本に紹介されていた「喫煙状況調査」を病院職員全体にしました。どこでタバコを吸うか、何本吸うかなどで、体の影響や病気にはまったく触れていません。いわば、主張のない事実調査にも関わらず、病院職員から3人の禁煙希望者が現れ、ビギナーズ・ラックなのか3人ともやめてくれました。喫煙者は、誰かが背中を押すのを待っていると確信しました。


禁煙体験者そして禁煙支援者としての「いま」と「これから」

死ぬまでタバコを吸わないでいられたら初めて禁煙者といえるので、今は不完全な禁煙者ですが、現時点でタバコをやめて何がよかったと思える点かと聞かれたら、身も心も軽くなったと答えます。タバコにとらわれないで自由に生きていけます。喫煙者であった経験のなかで、今でも役に立つのは段取り上手かもしれません。何しろ一日24時間のうち1時間40分はタバコのために費やしていたのですから。

喫煙者から禁煙支援者に変わるきっかけをくださった禁煙マラソンの高橋先生、再喫煙の危機を救ってくれた売店のおばさん、うるさく言って禁煙に気持ちを向けてくれた妻、外来小児科で高橋先生に引き合わせてくれた村上直樹先生に深く感謝しています。

禁煙支援は一度でも成功体験があるとはまります。自分が縁あって禁煙にかかわらせていただいた人も、きっとそうではないかと思います。ですから小児科医だから禁煙支援にはまるのではなく、小児科医が禁煙支援にはまったのです。すべての職種の人が禁煙支援に手を染めて、はまって欲しいと思います。

自分の目の前では禁煙してくれなくても、いつかどこかで禁煙してくれます。「ほんの少しは0じゃない」を胸に、表題の世紀を迎えたいものです。


次回予告

野田隆さん⇒パムババさんへのバトン
「今年4月のスキルアップ研修会の『なりきりワーク』での名演技を拝見しました。そのパワーを活かした、今まで、そして今からの健康づくり・予防への働きかけについての抱負をお聞かせください。」とのこと。

次回をお楽しみに!

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