特集-リレー連載

タイトルどおりSNS保健指導向上委員会の現場に関わる会員の方を中心に、リレー形式で連載記事を執筆いただく企画。毎回、執筆いただいた方に「次はこの人にこれを聞きたい!」をお聞きし、バトンをつないでいきます。

第33回は、常泉 由砂さん⇒盒供〜鏤劼気 へのバトンです。

第33回
「対象者に寄り添いながら ―行政保健師として」

市川市 保健スポーツ部 保健センター 健康支援課
盒響鏤辧覆燭はし・さとこ)
(SNSハンドルネーム:*いちご*)
平成10年東邦大学医療短期大学看護学部卒業。付属佐倉病院小児科・眼科病棟に就職。
糖尿病の合併症と闘う患者さんとの関わりを通して、病気の発症を未然に防ぐ健康支援の重要性を感じる。その鍵は地域生活にあると考え、大学病院を退職し組織の健康管理部門に就職。壮年期の健康管理がその後の生活に大きな影響を与えるというやりがいを感じながらも、生涯を通じて地域での看護活動をしたいという思いが膨らむ。平成22年、総合大学で他学問を学びながら看護学を再考したいと考え千葉大学看護学部に編入。平成24年3月晴れて卒業、保健師資格を取得し4月から市川市保健スポーツ部保健センター健康支援課の保健師として執務。

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盒響鏤劼気鵑らのひとこと
常泉由砂さんより「病院勤務から産業看護、学生、行政……と、つぎつぎ新しい世界へ羽ばたくエネルギーはどこからわき出るのか。いくつもの現場を経験したからこそ見えるものをぜひ教えていただきたいです」とのことでバトンをいただきました。
新しい領域へ一歩を踏み込むことで得られる感動や新たな気づきを追及することで看護の幅を広げたい、よりよい看護をしたいという一心で走り続けてきましたが、まだまだ何も見えてきてはいないのが現状です……。自分の軌跡をたどることで何か見えてきたものがあるかな―と振り返りながら書かせていただきました。

臨床で感じた「予防活動に携わりたい」という思い

私は看護系短大を卒業後、系列の大学病院に就職しました。配属された小児科と眼科の混合病棟では、つらい治療に耐えながら母親と離れて夜通し泣いている子どもたちや、糖尿病の合併症で失明の不安を抱えながら手術を迎える患者さんがいました。

ある日、髄膜炎の検査のため腰椎穿刺をしていた5歳の女の子の母親が、治療のため必要な処置であるにもかかわらず「何するんですか! やめてください」と悲痛な声をあげて検査室へ入ってきたことがありました。私たちの説明が足りなかったこともありますが、入院している子ども達へのケアだけでなく、母親や家族へのケアも必要だと感じた出来事でした。

また糖尿病の合併症である網膜症の手術をする患者さんも多く、神経障害から下肢切断に至る患者さんもいました。病状がひどくなる前になんとかできないだろうか……という思いも日々強くなっていました。次男の出産を機に大学病院を退職しましたが、その思いは消えることなく心に残りました。「健康障害の予防活動に携わりたい」という思いで、縁あって就職した次の職場は、事業所の健康管理センター。そこで働き盛り世代への健康支援を経験しました。先輩看護師や栄養士とともに、健診後の事後措置として保健指導も積極的に行っていましたが、なによりも、メンタルヘルスの相談および産業医面談に費やす時間が多かったように思います。


その人らしく生きることを支援したい

事業所では、「最近部下の○○さんの様子がおかしい。」とか「急に出社しなくなった部下のことで相談にのってほしい」という上司からの相談対応や、産業医面談の準備、実施、事後フォローなどに追われていました。組織は生き残りをかけて人員を削減し、一人ひとりに過重な業務が押し寄せる中で、生産性を求められ利益を出すことが最優先とされています。みな自分のことで精いっぱいで、心身の不調を訴えた人に「休んでいいよ」と心から言える余裕がないというのが現状でした。

H16年厚生労働省が発表した「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」に沿って復職支援を行ってきました。ひとつの組織という枠の中での復職支援は、仕事に復帰することを最終的な目標にします。けれども、その人の長い人生の通過点だということを考えた時、それがどうあればよいのかを深く考えさせられる出来事がありました。

奥様も精神的な病気を抱えていて自らもうつ病と診断された社員の復職支援にかかわった時のこと。残念ながら病状が回復せず退職となってしまいましたが、その後その職員のかかりつけの病院の精神保健福祉士さんとお話することがあり、地域資源を活用しながら奥様とデイサービスに通所し穏やかな日々を過ごしていると聞きました。

もうひとつは腰痛で長期休職していた職員の復職支援にかかわった時のこと。その方は40代という若さでしたが、腰痛のため重量物を扱う業務には復帰できないということで退職されました。その後しばらくしてお会いした時に「なんとかやってますよ!」と笑顔でお話しされる姿を目にして、その人らしく生活しているんだ、とほっとしたのを覚えています。


自問自答を繰り返す日々

産業保健の世界に飛び込んで5年、地域資源を活用しながら病気と共に自立した生活をおくる人、組織から離れ自分らしい生き方を選ぶ人、元の職場にもどり頑張る人などさまざまな選択がありました。復職を最終的な目標とした支援は、その人が退職という道を選んだとしたら間違ったものになってしまうのだろうかと、自分の支援に自信がもてず思い悩む日が続きました。

悶々とした気持ちを抱え過ごす日々の中で、その人らしく生きがいをもって生活できるよう寄り添いながら支援をしたいという気持ちが大きくなり、地域の保健師を目指そうと思いました。全世代を対象に幅広い視点ももって健康支援のできる保健師になりたいという思いから、看護学以外の学問も学べる総合大学看護学部3年次へ編入しました。


看護の奥深さに感動

2010年春、三十路を過ぎた私は看護学部3年次編入生として20代の若い女子学生と肩を並べて勉強することになりました。私を含め、3年次編入生は10名、平均年齢は31.6歳で少しほっとしました。
入学してからの日々は想像以上に忙しかったけれど、学びに集中できる環境は素晴らしく毎日が充実していました。普遍科目も豊富にあり、時間が許す限り受講しました。この先の人生において2年間も学びに専念できることはもうないだろうと思い、この期間にできるだけ多くのことを学びたいという気持ちでした。

看護系の講義は、私が看護学生だったころには学ぶことのなかった貴重なものがたくさんありました。看護行政・政策の講義では、急速な少子高齢化社会に伴い看護職に期待される役割や、現代の看護や医療が抱える問題について検証しました。
また災害時の地域看護活動という講義ではフィールドワークを行い、災害の種別(風水害、地震災害など)や規模により異なった健康問題が生じてくること、災害フェーズに応じた支援が必要であることや、平常時の地域看護活動がいざという時に活かされることなど、看護職の役割について広く深く学びました。

看護師の資格を取得していた私たち編入生は実習こそなかったものの、びっしり詰まった講義スケジュールをこなし、前期・後期の集中試験には記憶力の低下に愕然としながらも、単位を落とすまいと励ましあいながら必死に勉強しました。90分の授業の途中で睡魔に襲われ、固いイスにお尻が痛くなり……今思えば笑い話ですが、当時は必死でした。けれども学べる喜びをかみしめながら一日いちにちを過ごしていたことは間違いありません。


育児は育自を実感する日々

大学のレポートや試験で忙しい時は夫に家事育児をまかせ、図書館で勉強させてもらうこともありました。また、夜遅くなったときは実家の両親に夕飯を作ってもらうことも。周囲のサポートがあったからこそ学業と育児、家事の両立が危ういながらもできていたのだと思います。
試験前には子どもたちが「ママ試験がんばってね、100点取れるよ!」と声をかけてくれることもありました。子どもたちのくれる魔法のような言葉とやさしい心遣い、真正面からぶつかってくるエネルギーが前に進む勇気をくれたのだと思います。


市町村保健師として再出発

今春から、市町村保健師として新たな一歩を踏み出しました。所属先である市川市は、平成16年WHO(世界保健機関)憲章の精神を尊重し、誰もが個々の能力を生かしながら健やかに生き生きと暮らせる「健康都市いちかわ」を目指すことを宣言しています。
『市民が安心して健やかに、自分自身の能力を生かしながら生き生きと暮らせる街を目指し、市民・行政・企業それぞれが主役として健康活動に取り組む』という目標を掲げ、保健センター健康支援課の保健師30数名が成人・母子保健事業を実施しています。

私自身は母子保健関連業務を中心に執務しており、1歳6か月児健診や3歳児健診、健診後フォローグループ、母親学級、健康づくり講座など、その活動は多岐にわたります。まだまだ一人前に執務することはできませんが、保健センターには素晴らしい先輩がたくさんいて優しく丁寧に指導していただいています。専門職としての誇りをもって諸先輩方が行う日々の細やかな健康支援活動に感動し思わず「保健師ってすごい!」と口にしてしまうほど。

初めての育児に協力者がなく不安を口にする母親がいれば家庭訪問を何度も行い、母親が自信をもって育児ができるよう寄り添いながら支援します。高齢者の健康教室では楽しく健康活動ができるよう試行錯誤しながら計画を練り、主体性をもって健康づくり活動ができるよう支援します。市民の一番近くにいる保健師は、地域保健活動の中心的存在として対象者のフィールドに入りその生活の在り様を知り、持ちうる力を最大限に引き出すことが求められています。そしてさまざまな場面で行われる“保健指導”は、“指導”ではなく一緒に考えてよりよい方向へ進んでいくための“支援”だと改めて思うのです。


行政機関の保健師だからできること

行政保健師は地域に出向く機会がたくさんあります。表面化している問題を解決するとともに、健康障害の発生を未然に防ぐという役割も大きいことは確かです。対象者の生活の場へ出向き、看護の目でみて援助を必要とするであろう人へアプローチできる、アウトリーチできるという強みがあります。そして保健師のかかわりをきっかけとして他職種へと支援をつなげ、対象者の生活をより望ましい方向へ導いていくという、点と点を線でつなげケアワークしていくことが求められていると思います。地域資源を広く知り適切な地域資源へつなげていくこと、そして「保健センターがあってよかった」と思っていただけるような保健師になりたいと思います。

私自身も家族はもちろん保育所や学校、近所の方々など多くの人に支えられながら暮らしています。育児をしていると理想と現実のギャップにイライラすることもあります。未熟な私が、人々の健康を支える保健師になれるだろうか……と戸惑うこともありました。そんな時先輩に「一緒に悩むだけじゃなくて、専門職としてこうしたらよいって伝えることも大切。少しずつ発想の転換をしていことも必要よ」と声をかけていただきました。育児経験があることは母親により近い目線で考えることができますが、専門職としての視点をもち適確な支援につなげていくためには“保健師の目線”を自分の中に積み重ねていくことが必要不可欠であると実感しています。

病院、産業保健、行政と様々な看護活動をみてきましたが、地域で生活する人がその人らしく活き活きと暮らせるよう対象者に寄り添いながら支援していきたい、それが私の変わらない想いです。まだまだ足りないことだらけで日々勉強、失敗しながらも起き上がる勇気を持ち続け、時には後ろ向きでも、前に進んでいきたいと思います。


次回予告

盒供〜鏤劼気 ⇒ 木村 里奈さんへのバトン
「企業の医務室に勤務し産業保健に意欲的に取り組んでいらっしゃるうさぎさん。大学へ進学し、産業カウンセラーの資格も取得されたということで、熱い思いを感じます。メンタルヘルス対策や産業カウンセラーなど“働く人の強い味方”としてご活躍されている今、思うことや取り組んでいらっしゃることをぜひお聞きしたいと思います!」とのこと。
次回をお楽しみに!

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