特集-リレー連載

タイトルどおりSNS保健指導向上委員会の現場に関わる会員の方を中心に、リレー形式で連載記事を執筆いただく企画。毎回、執筆いただいた方に「次はこの人にこれを聞きたい!」をお聞きし、バトンをつないでいきます。

第34回は、盒供〜鏤劼気鵞楊畋次[て爐気 へのバトンです。

第34回
「メンタル対応ができる産業看護師を目指して」

看護師
木村里奈(きむら・りな)
(SNSハンドルネーム:うさぎ)
看護学校卒業後、臨床⇒専業主婦⇒寄り道⇒臨床⇒産業と、随分、回り道をしてきました。看護学校では、「看護師の職場は臨床」という呪文を刷り込まれました(笑)。そんな呪縛から解放されたくてもう一度、専門学校へ通い「言語聴覚療法を学ぶため」寄り道。今思えば、これが私にとって「新しい事への挑戦」の第一歩だったかもしれません。そして、初めて産業の世界に飛び込んだのは、平成17年。派遣会社から看護師として企業へ派遣されたのが始まりです。途中、小休止を挟みながら派遣先を転々として、平成22年1月から現職(企業内医務室・看護師)に落ち着いています。

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木村里奈さんからのひとこと
*いちご*さんから「企業の医務室に勤務し産業保健に意欲的に取り組んでいらっしゃるうさぎさん。大学へ進学し、産業カウンセラーの資格も取得されたということで、熱い思いを感じます。メンタルヘルス対策や産業カウンセラーなど“働く人の強い味方”としてご活躍されている今、思うことや取り組んでいらっしゃることをぜひお聞きしたいと思います!」と、バトンをいただきました。
私は何者なのか、と考えながら今までの仕事を振り返ってみると、治療現場から予防現場へ、患者さん対象から労働者対象へと、大きく方向転換してきました。ゼロから出発し、未知の業務と格闘しながら得られたモノ、見えてきたモノ、そして「これから」を書いてみたいと思います。

ゼロからの出発

初めて産業(企業)の世界へ足を踏み入れたのは、平成17年の夏でした。「顔合わせ」という名目の実質的には「面接」で派遣会社の担当者に連れて行かれたのは、うさぎ小屋の隣の市にある企業の製造工場。産業(企業)での看護師業務は未経験でもOK!とのことで、即、採用決定。

派遣で働くこと、産業の場で働くこと、一人職場での勤務、いろんな面で初めてづくしでした。

私が産業の世界に飛び込んだ理由は、実は、希望ではなく家庭の事情によるものでした。それまで臨床しか知らず、子どもたちを保育園に預けながらクリニックや病院の外来、病棟での日勤パートなどをしてきました。しかし不思議なことに、どこの職場へ行っても仕事に慣れてきた頃に共通して言われたのが、「月に1回でいいから、日曜・祝日の出勤できない?」とか「月に1回でいいから、当直できないの?」という言葉。この頃、夫は不規則な仕事をしていたので協力を取り付けることは難しく、保育園は子どもを平日の日中しか預かってくれない(探せば、日曜・祝日や夜間に預かってもらえるところがあったのかもしれませんが・・・)ので、何度も職場を転々としてきました。そのうち、上の子は小学生となりましたが、学童保育に預けていても夕方6時にはお迎えに行かなければならない、という時間的な制約はついて回りました。そんなところへ「日曜・祝日休み、当直なし、残業なし、GW・お盆・年末年始の休暇あり」という、夢のような条件の仕事を派遣会社から提案されました。それが、「産業(企業)」という未知の世界だったのです。

そして、一人職場も初体験。実は、私が入職する半年前に看護職が死亡退職されていて、事実上の医務室無人状況でした。そして「やっぱり医務室に医療職は必要なんじゃないか」「総務課での対応では限界があるんじゃないか」という意見が出てきて、派遣会社に募集をかけたら私が手を挙げたのだそうです。当然、引き継ぎなどあるはずがなく、おまけに医務室内の業務マニュアルもなし。今までの看護職が何をしていたか一切わからないまま、総務課のスタッフから「そういえば、こんなことしてたよ!」とか「あんなこともやってたんじゃない?」と情報を入手しながら手探りで仕事を始めました。事前にわかっていたのは、「月に1度、産業医が来社すること」のみ。


怒りモードから学びモードへ

仕事に少し慣れてくると「このままでは、いけない!何とかしなくては!」と思い始めました。それから私の学びモードにスイッチが入りました。まずは、看護職として産業の場で何をしたらいいのだろう?・・・という疑問からスタート。産業看護講座の短縮Nコースと基礎コース(日本産業衛生学会産業看護部会による「産業看護職継続教育システム」のカリキュラムに沿ったもの)を受講して「産業看護師」の認定資格を取得しました。同時に「衛生管理者」資格も取得。

今になって考えると、初めての職場は産業現場の教科書のようなところでした。300名弱の従業員数だったのですが、常時2〜3名の休職者がいました。また、工場でしたから、健康診断は定期健康診断以外にも、じん肺や有機溶剤、特化物、受診勧奨による特殊健康診断、など多岐にわたりました。勤務開始後、最初の産業医来社日には「職場巡視」にも同行させてもらいました。工場内には、部署ごとに救急箱を設置していたので、「中身の点検・補充」という名目で定期的に工場内を巡回して、従業員の作業の様子を見ることもできました。

ある時、休職者のうちの1名が「復職する」というので、復職支援のメンバーに入りました。おかげで、厚生労働省が発表している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」をじっくり勉強することができました。「復職後のフォローアップ面談」も担当しました。実は、この時の復職者からの一言に私はカチン!ときて「怒りモード」のスイッチが入ったのです。それは、「木村さんは看護師の資格があるだけで、カウンセラーでもないのに、こんなこと(←復職後のフォローアップ面談)してもいいんですか?」という何気ないセリフ。復職支援チームを組んで支援を進める中で、私もその一員としてガンバっているのに・・・。でも私の職務上、個人的な感情だけで対象者に怒りをぶつけるわけにはいかず、「怒りモード」のスイッチを「学びモード」に切り替えました。(のちに本社人事部発信でEAPの導入も開始されたので、これがまた勉強になりました。)

さて、ここから産業カウンセラー資格取得に向けての戦闘開始です。

せっかく勉強するんだったら、大学に編入して必要な単位を取得することで産業カウンセラー試験の受験資格を取ろう!そして、憧れの大卒の学歴も得よう!と決めました。冷静に考えれば、看護師資格があれば仕事上で学歴は問われないことがほとんどなのだけれど。

産業カウンセラーの受験資格を得るには、現在、
(1)学士・修士で必要な履修科目を終了している
(2)協会が実施している「養成講座」を終了する
の2者択一になっています。
私は迷わず学士・修士での受験資格取得を選びました。受験資格を得られる科目が履修できる大学を探し、社会人をしながら卒業を目指せる通信制を選び、看護学校卒業資格で3年時に編入しました。そして勉強を開始。人生初の女子大生気分を味わいながら、2年間かけて無事に「大卒の学歴」と「産業カウンセラー受験資格」を得ました。中でもスクーリングは、通信教育の悶々とした気分を一新してくれる上に、老若男女・いろんな経歴の人々が集まっていて良い刺激を受けました。

ただ、「派遣」の身の上であるため、1ヶ所に長期間とどまるわけにはいかず、「大卒」の学歴と「産業カウンセラー」資格を手にした時、私は別の企業に派遣されていました。


業務と格闘しながら「得られたモノ」

取得してきた資格はもちろん、社会人として働く人々とのコミュニケーション機会。見た目は作業服に安全靴とヘルメット、特に夏場は日焼けしたイカツイおっちゃん達が、喋ってみると優しいし素直。「人を見掛けだけで判断してはいけない!」ということを、身をもって知りました。仕事には厳しいけれど、支えてくれる家族に頭が上がらないこともあったりして、「クスッ!」っと笑える瞬間が楽しみでもあります。例えば、健診の希望コースを決める時(一般健診は全額会社負担で実施するのだけれど、ドックは一般健診の金額を差し引いた分が自己負担になる、という会社のルールがありました)、「俺も歳だし、1回、ドックでも受けてみるか!」と宣言した翌日、「かあちゃんに『自己負担額が高い!』って怒られたから、やっぱり一般健診でいいわ!」って、医務室まで受診コースの変更を報告に来られた方を前に、見た目とのギャップの大きさに、吹き出しそうになるのを必死で堪える私がいました。でも、見た目は怖いけれど、一般健診(特定健診)で対象となってしまった特定保健指導には、素直に応じられました。(外部委託している保健指導の)管理栄養士さんに貰った資料を手に、「帰ったら忘れずに、かあちゃんに話すから!」と報告に来てくれました。労働者・息子・夫・父などいろんな役割を果たしながら社会生活を送る人々との出会いが、私を支えてくれたのかもしれません。

それから、臨床では得られない社会人のルールも色々と知りました。例えば、「稟議書」は見るのも作るのも産業の世界に入って初めて。請求書の処理も初めてで、仕訳伝票のカラクリを知りました。「御社」と「貴社」の違いを知ったのも産業の世界に飛び込んでからです。毎日が「へぇ〜!?」の連続でした。


自分を見失わないために・・・「見えてきたモノ」

現在の働き方で、得たもの・学んだものは数多いけれど、逆に得られないものがあるのも事実。一人職場であるが故に、仕事の裁量権は発揮できても、月1回だけ来社する産業医を除いて医療従事者は私一人。「私の仕事これでいいのかな?」と思った時に相談相手がいない。そんな時、このSNSの存在は心強いです。私自身、直接、保健指導をしているわけではないけれど、情報収集源のひとつとして大切な存在。

今の仕事をしながら「見えてきたモノ」を考えたとき、誰かと関わることが好きだし自分自身の成長にも繋がっている、と実感しています。企業内の総務課に在籍することで発生する、事務作業をコツコツすることは苦痛ではないけれど、これも周りとのコミュニケーション成立が大前提。同時に、職場では看護師資格のみを公表している私ですが、人と関わるときには産業カウンセラーや(THP)心理相談員(中央労働災害防止協会の研修を受講し登録)、時には衛生管理者の視点でも対象者と話を進めることができる、という特権を駆使すべく毎日を過ごしています。

私は、これまでスイッチが入る度に次々と新しい学びを得てきました。しかし、時々、私の歩いてきた道には、ちゃんと足跡が残っているのだろうか、と思う瞬間があります。そこで出会ったのが、今年の6月から参加している産業心理関連の「プログラム」(主催は、とある大学の研究所)。2年間かけて、産業メンタルヘルスに関する知識を、基礎的なものから実践的なものまで網羅的に学んでいきます。これまでバラバラに学んできたことを整理し直す機会に、と楽しみながら受講しています。


労働者の身近で健康を見守るために…「今」と「これから」

今、職場で取り組んでいるメンタルヘルス対策は、以下の3つ。
(1)管理職を対象に「職場のメンタルヘルス」と題して産業医の講話(1回/年)。
(2)過重労働による健康障害を防止するため「労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト」(厚生労働省公表)を活用。
(3)健康相談は随時、医務室で受付・対応、必要に応じてリファー。
これらは、総務課と医務室、産業医の合意の上で実施しています。現時点で休職者はいませんが、事業場としてメンタルヘルス対策推進体制が整っている、とは言い難い状況です。

私が企業内の看護師として目指すのは、労働者の身近で心身の健康を見守ること、寄り添いながらセルフケアを支援すること、人と人をつなぐ調整役として心を聴き取り語らせること。労働者の身近な援助者として、医務室が気軽に相談できる窓口でありたいと願っています。怪我をしたり具合が悪くなった時に行く場所としてだけではなく、ちょっとしたことでも話しに行ける場所でありたいです。そして、一人ひとりにメンタルヘルスの側面からも継続的にかかわり、さらには集団・組織にも働きかけていくことが理想です。これから先も“働く人の強い味方”となれるよう、「メンタル対応ができる産業看護師」を目指し、自分の居場所を探していきます。


次回予告

木村 里奈さん ⇒ 杉浦 陽子さんへのバトン
「仕事での臨機応変な対応をしつつ、プライベートでも色んなことにチャレンジされているチェリー不二子さんが羨ましくもあり、輝いても見えます。たくさんの好奇心から得られたパワーを仕事に切り替えて活かせる秘訣をぜひお伺いしたいと思います。」とのこと。
次回をお楽しみに!

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