特集-リレー連載

タイトルどおりSNS保健指導向上委員会の現場に関わる会員の方を中心に、リレー形式で連載記事を執筆いただく企画。毎回、執筆いただいた方に「次はこの人にこれを聞きたい!」をお聞きし、バトンをつないでいきます。

第40回は、形山 由紀さん⇒駒井 公子さん へのバトンです。

第40回
「栄養士勤続40年。部署は変われども、食を通して健康づくりに取り組む」

管理栄養士・ユニチカ(株)勤務
駒井公子(こまい・きみこ)
(SNSハンドルネーム:kimi)
短大栄養士課程をオイルショック後卒業し、企業病院のユニチカ中央病院栄養士として18年、その後ユニチカ宇治事業所内の工場給食に異動し17年、さらに統括管理部環境安全グループで従業員の為の特定保健指導と栄養士の職種とは、かけ離れた工場内の産業廃棄物を担当して4年目になる。

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駒井公子さんからのひとこと
リレー連載のバトンを渡していただいた形山さんとは一度SNSのオフ会でお会いし、たまたまその時に私の手づくりのパンと焼き菓子をお渡しして知り合ったという間柄です。パンや焼き菓子を差し上げても、何も反応のない方が多い中、形山さんに美味しかった!と言って頂き大変嬉しくて、ついついバトンを受け取る事にしました。単純な気持ちですみません。来年3月で栄養士として勤続40年、定年になります。こういう機会もなかなかないので、こんな人間もいるとお伝えしたいと思います。

料理好きから栄養士に。病院栄養士としてスタート

栄養士の道を志したのは中学校の時、これからは女性でも資格を持つ方がいいと言った母のことばがきっかけでした。本来は料理が好きで料理作りに専念できる仕事につきたかったのですが、料理人のプロの世界は厳しいと判断して栄養士になるため、栄養士課程のある短大に入りました。

卒業後は、ユニチカ株式会社宇治工場(現在は宇治事業所)ユニチカ中央病院の栄養士としてスタートしました。当時「ユニチカ」というと、東京オリンピックの「東洋の魔女」のバレーボールのイメージが大きく、他のスポーツにも力を入れていました。またユニチカのマスコットガールは有名で、過去に米倉涼子、最近では忽那汐里・マリアンの娘のERIKAがいます。事業としては高分子事業・機能材事業・繊維事業・生活健康事業と展開し宇治事業所では化学繊維を製造しています。

当時企業病院としては150床で、それほど大きくなく、従業員その家族・一般市民の方も受けいれていました。病院栄養士の仕事は、病院食にはドクターから個人毎のグラム単位で摂取制限のされたオーダーメニューもあり、メニューの知識が少ない時代、日々のメニュー作りに苦労していました。さらに新人栄養士として早々に集団栄養指導を実施することになりました。学生時代には、栄養指導のロールプレイの学習もなく、いきなりの集団栄養指導なので、戸惑いながらも資料を集め原稿を書き原稿を読みながらの拙い指導でした。個人への栄養指導では、外来で男性に栄養指導後、奥様から詳しく教えて欲しいと頼ってくださる方もいましたが、そうかと思えば糖尿病の方で「栄養士さんも太っているじゃないの」と、批判的な方もいました。その当時標準体重でしたが、顔が丸いのでどうも太く思われ、栄養士として失格かなと思ったりと、栄養士として試行錯誤を重ねた時期でした。

結婚、出産2回もこの病院栄養士時代でした。労働組合がありましたが、工場勤務の女性は結婚妊娠したら退職が普通で、当時病院勤務の場合産休産前6週産後8週間後、即仕事を再開できたので今まで続けられたのだと思います。子育てしながらの仕事は、やはりきつかったですが、病院勤務は管理栄養士の資格が必要と言うことで、二人の子供が保育園時代に管理栄養士の資格を取得しました。時間があるとかえって何もできない、自分を追い込まないとできない性分です。二人の子供達と夕飯後入浴、夜9時一緒に就寝、私は朝3時に起きて6時まで勉強の毎日を4か月続けました。栄養士会の集中講義も受講し結果を出すことができました。


趣味のパンづくりが人生を豊かに

公私共に忙しい時期でしたが、形山さんとの出会いともなるパンづくりを本格的に習いはじめたのもこの頃から。あるテレビ番組の料理コンテストで、家庭の主婦の方がその場でパンを焼いていたのを観て、普通にパンが焼けるなんて!とびっくりしたのが、きっかけの一つです。それと子育て・仕事と突っ走っている状態で、自分に余裕がなくなっていて、調理員に対して厳しくなっているのを感じ、スイッチの切り替えにもなるものが必要だったのかもしれません。それ以来25年習い続け、教える立場となって22年になります。人に教えるという事は、自分の技術も必要で、頭の中で段取りを組み立てていかなくてはなりません。今では3時間の中で3〜5種類のパンを教えられるようになりました。つくったパン・焼き菓子はコミュニケーションツールにもなっていて、お会いする方にプレゼントすると、びっくりするくらい喜ばれ、私自身とても嬉しくなります。パンをとおして名前を覚えて頂き、出会いが広がったように思います。


工場給食への異動

そうこうして入社18年目の9月に工場給食へ異動辞令がありました。工場給食は二人の管理栄養士がいましたが、結婚と出産で二人とも退職、突然の辞令で戸惑い、辞める覚悟で工場給食の栄養士として再スタートしました。
その当時従業員が2000人在籍し、昼食の喫食数1200食、夕食80食でカフェテリア方式、主菜2種類、副菜4種類、汁物、しかも外食用のお弁当一日500食の営業もしていました。食材の量で例えば茄子の煮物の茄子の量は100圓笋ろし大根なら80圈▲侫薀なは1000個と病院での量とは大違いで、18年の病院栄養士の経験は無に等しい程でした。前任栄養士の引き継ぎは1か月あまりしかなく、さらに30人近くの調理員をまとめる事も私に出来るのだろうかと不安を覚えました。

しかし、住めば都とはよく言ったものです。段々仕事に慣れていくと、管理栄養士としての欲がでてきます。日々味付けの問題とメニューに関して疑問を抱き始めました。事業所内は高温高湿作業者、低温作業者、研究者、いろいろな条件で従事しているため、感じる味付けに差があるのではと感じていましたので、どのぐらい個人差があるか塩分味覚アンケートを実施しました。結果、全体的に味付けが塩辛い傾向で、それに慣れてしまっていたことがわかったのです。
そこで、塩分測定器を使用し薄めの汁物を提供しました。当初は、味が薄いと文句が多かったのですが、徐々に慣れ薄いというクレームはなくなりました。言ってもどうしょうもないと言わなくなったのかもわかりませんが(笑)。
何か月か続け、ある日以前の濃い汁物を提供し、今までの薄い汁物とどう違うか塩分のアンケートを実施すると塩辛いという人が多く出てきて、習慣で味覚を変える事ができることを痛感しました。また、昔からの調理作業員が高齢化したためか、味付けが一定にならないので、誰が調理しても味を一定にするため「標準作業書」を作成することもはじめました。

私が異動してきたときは、集団健康管理部門の栄養士の仕事は、献立作成のみ。午前は現場作業と昼食時間も食堂での作業、実際個人の栄養指導はまず無理で、集団指導も時間が無い状態でした。
集団健康管理部門でも従業員に食に関して意識改革を働きかけることは必要と感じ、まずは生活習慣病に関してパンフレットを作成し従業員に配布しました。男女の比率は7対3で女性が少ないのですが、ある時20代の管理栄養士が上司のつまらないダジャレで笑い、あばら骨にヒビが入った事がありました。女性のカルシウム摂取量を調べてアドバイスしたらどうかと考え、350人の女性の一日のカルシウム摂取量を出し、摂取量の少ない人にはアドバイスをしたところ、その後追跡調査をすると食改善されていました。こうした働きがけが従業員の健康づくりにつながることを実感できました。


さらなる転機

平成20年特定保健指導がスタートし、給食業務と保健指導を受け持つ事となり、栄養指導とは違い研修会で学んでも栄養士としては戸惑いの保健指導となりました。
暗中模索の中、特定保健指導専任として平成21年に今の環境安全グループに異動となり、一年間は特定保健指導のみを実施していましたが、翌年はなんと産業廃棄物の担当と兼務となり、栄養士とかけ離れた仕事で自信喪失に陥りました。この時期に第一種衛生管理者試験に合格しました。勝気な性格なのか、歳のため受からなかったと言われないように合格率の高い講習会を受け、高年齢になると集中できないので朝起きて30分、夕方スーパーで買物してから、ベンチで30分・寝る前30分とこまごまの勉強方法でした。今年で4年目になり、産業廃棄物の担当者としてやっと自信を持てるようになりました。

保健指導はまだ新人に近いと思っています。健康保健組合から依頼されて、社員の健診後のデーターから対象者にアンケートを取り、そこから指導していくのですが、100人中保健指導希望者が1割も無い状態、そこから一人一人電話攻撃スタートです。ある女性は、強い口調で「知っています。自分でしますから」と返され、気持ちが撃沈する事もありました。30〜40人の対象者のうち毎年何とか30%の人が改善されているのですが、常に生活改善に意欲をもってもらうのは難しい事で、日々学ぶことが多いです。

そんななか、保健指導のサイトということでこのSNSに参加しましたが、SNSの出会いは知識だけではなく、色々な情報を得、皆さんの生き様に刺激を受け、これからの自分の進む道の参考になっています。特に保健師さんの保健指導の技術のすごさに感心させられました。これからの私の道として心理学関連を学ぶため、来年4月は60歳の学生になろうかと思っています。意欲が湧いたのもSNSの出会いです。


次回予告

駒井 公子さん ⇒ 河村 久美さんへのバトン
かなこさんは気になるフリー保健師さんです。SNSのマイページに貼っている私のつくった「パン」の写真を見て、お声がけくださいました。かなりのSNSを渡り歩いてやっと保健向上委員会に辿り着いて来られたそうです。特定健診・特定保健指導に携わる中でどういう指導をされているのかお聞きしたいと思います。
次回をお楽しみに!

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血糖自己測定器と院内専用グルコース分析装置の違い
脱マショウノオンナ 『保健師だより』私流のコツワザ集
ニッポンの健康づくり 辻一郎先生 津下一代先生 インタビュー
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