特集-リレー連載

タイトルどおりSNS保健指導向上委員会の現場に関わる会員の方を中心に、リレー形式で連載記事を執筆いただく企画。毎回、執筆いただいた方に「次はこの人にこれを聞きたい!」をお聞きし、バトンをつないでいきます。

第45回は、田中 瑛子さん⇒山越 さつきさん へのバトンです。

第45回
「なぜなのか?! 保健師に、プラス管理栄養士の道へ」

山越さつき(やまこし・さつき)
(SNSハンドルネーム:yama)
看護学校卒業後、約6年の臨床経験を経て保健師学校へ進学。卒業後は重工系メーカーに就職。工場の安全衛生課、事務・技術系部門の人事部で保健師として主に従業員の健康管理業務を担当。16年間勤務し退職。現在は、管理栄養士を目指して神奈川県立保健福祉大学栄養学科にて(猛)勉強中。

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山越さつきさんからのひとこと
この4月に偶然こちらのSNSの存在を知り、それからは毎日主に携帯でチェックさせていただいているのですが、まさかこんなにすぐに自分にバトンが回ってくるとは予想だにせず…。メッセージをいただいた時はドキドキして携帯を持つ手が震えました。
 田中さんからは「これからどんな道に進まれていくのか、前向きなお話を聞かせていただきたいです。」とのことでバトンをいただきました。
 実は、それほど高い志があったわけでもなく、「勢い」と「運」だけでここまで来た行き当たりばったり人生(笑)なのですが、今後を見据えるよい機会でもあるので、これまでを振り返りつつこれから進む道について考えてみたいと思います。

行きついた先は産業保健師!

職業の選択として、看護師を目指した理由は、父親に「看護師は定年を過ぎても勤務先には困らないし、たとえ戦争になっても仕事ができる!」と強く勧められたこと。戦争になってまで働きたくはありませんでしたが、看護学校以外への進学を許してもらえなかったからなのです。
次に、保健師を目指した理由は、夜勤が辛く、しばらく休業したかったのですが、結婚退職ということもなく…。仕事をしない理由が「進学する」という選択しか見つからなかったから。そして、産業保健を目指した理由は、採用条件に「年齢制限」がなかったからです。

こんな感じで、意志的に選択したというより、流れに身を任せていたら産業保健の道に足を踏み入れていた私。就職してまず行ったのは、健診の事務処理や対応と並行して、組織と役職者の名前を覚えることでした。これは、「専門職として何をするにも所属との連携は不可欠」という先輩保健師のアドバイスがあったからです。
今のようにPCで従業員情報がすぐ確認できる環境ではなかったので、組織図とにらめっこしながら、「ここの課長は黒縁メガネをかけた人」「あそこの部長は白髪の人」など、特徴を自分なりにつかんで組織図に書き込んで覚えました。管理職の方々は新任保健師ということで、こちらをすぐに覚えて声をかけてくださったりするのですが、私の方は顔と名前と健診結果がなかなか一致せず、適当にあいづちを打っていたことも一度や二度ではなかったと思います。それでも、事務所勤務の方はフロアで顔を合わせるうちにお互いに自然と覚えられましたが、工場など現場の方との接点が少ないことが悩みでした。


現場に出向き出張健康相談でコミュニケーションへ

健診結果に「いつでも相談に来てください」とコメントを書いても、自ら相談に来てくれるのは数人のみ。上司経由で面談の連絡表を出しても半分くらいはキャンセルされました。グループで大きな物を作る工場なので、仕事の進み具合によっては途中で抜けることができなかったり、安全衛生課まで遠くて行くのが面倒という方もいました。また、人事課が隣りだったので、従業員の方はなんとなく行き難いという方もおり、それならばと、私も田中さんのように(第44回参照)できるだけ現場に出る機会を多くするようにしました。

元々月2回程度は、産業医パトロールなどで現場に出ていましたが、それとは別に私が工場内へ出向いて出張健康相談をすることにしたのです。工場内にはグループごとに休憩室のような部屋があるので、日時を決めてそこで順番に健康相談を受け付けました。人寄せのため血圧計だけでなく握力計も持ち込み、ミニ計測会のようにして健診結果に関係なく、興味のある方は誰でも来てもらえるようにしました。物珍しさもあってか、若い人も来てくれたのですが、みんなで一斉にやってきて他人の測定結果を興味津々で聞いているので、プライバシーも何もあったものではありません。それでも「おっ、こんなに高いんじゃ診療所行った方がいいよ」とか「醤油かけすぎなんだよ」とか、私より周りの人がアドバイスしてくれたりして盛り上がりをみせていました。相談だけでなく要望があればミニ健康教室も実施し、折々の話題をレクチャーしたりもしました。現場に出ることで、口で説明されるだけでは分からない作業現場を自分の目で確認できただけでなく、従業員がどんな場所でどんな作業に従事し、どんな人達と一緒に働いているのかも把握できたことは、メンタルサポートの面でも大いに役立ちました。


産業保健師は、皆が納得する着地点を調整する仕事

企業というところは病院とは全く違う世界で、戸惑うことが多かったのですが、その一つにサポートする人の目標をどこに置くかということがありました。病院では、患者さんもご家族も医師も看護師も治療に関わる全ての人間の目標は、ご本人の病状が回復して退院することでほぼ一致しています。(時々そうではないこともありますが)。
ところが企業では、従業員本人の目標と、職場の上司や会社の目標は必ずしも一致しません。体調が悪くても生活のために働きたいという従業員、本人の生活状況を知っているし、1人抜けると職場の負担が大変なので何とか勤務を工面してでも働いてもらいたい職場の上司、本人の心身の状況から就労は無理とドクターストップをかける産業医、体調が万全になるまでは休んでもらいたいという人事担当など、それぞれの目指すところがバラバラということがよくあります。

また、保健師の対象は、病気を抱える本人のみでなく健康な人も含むので、もし病欠者が出た場合同じ職場の人達の負担がどの程度増え、それがその人達の健康や、さらには職場全体の健康度にどのように影響するのか? ということも考慮しなければなりません。個人の健康管理、職場の健康管理、安全配慮義務、プライバシーの保護、本人と会社の損益などの兼ね合いをどうするか、どういう結果を目標としてそのために自分の立ち位置をどこにおけばいいのか、最初はかなり悩みました。
今では、保健師として何を優先すべきかを考え、相手の立場をそれぞれ考慮しつつ、皆が納得する着地点を見つけて調整することが、保健師の仕事なのではないかと思っています。この職場で私は、保健師の仕事がコーディネーターといわれる所以を理解することができました。また、コーディネートするには、専門的立場からの意見を相手に理解してもらえるよう適切に伝える説明力を持つことと、従業員からの信頼を得ることが必要であることを実感しました。


健康づくりへのおもいから、まさかの展開、管理栄養士の道へ

私が入社した当時はまだまだメンタル疾患の方は少なく、生活習慣病のサポートが主な業務だったのですが、徐々にメンタル事例が増え、業務のほとんどがメンタル関係になったのは入社5年目を過ぎた頃からのように思います。複雑な背景を持った事例が多く、対応に苦慮するケースも多々ありました。メンタル対応に時間をとられ、生活習慣病対策は最低レベルしかできず、当時は疲労感ばかりが募りました。そこで気づいたのは、私は病んだ人の健康回復をサポートする仕事より、健康な人をより健康に、あるいは病気にならないようにお手伝いする仕事の方が好きなのだということです。健康な人を対象にした仕事をしたい!今思えばこの頃からうっすらと考え始めていたのかもしれません。特定健診・特定保健指導が始まったことで、職場もメンタル一辺倒ではなく以前のように生活習慣病予防に再度注力するようになると、その想いはますます強くなっていったのです。

メタボ予備群の方との面談は楽しくやりがいも感じたのですが、世の中もメタボに注目し健康ブームもあって、対象者はかつてより知識が豊富になっていました。そうなると気になるのが、自分の知識不足。実は高校から看護学校にかけてあまり勉強しなかったので、ずっと以前からもう一度勉強したいという気持ちを持っていました。特に臨床実習は後悔が残る内容だったので、実習をやり直したかったのです。そこで、最初は看護学校に入り直すことを考えました。しかし「勉強することは反対しないが、お金と時間をかけて同じ資格しか取れないのは無駄」という夫の意見に納得し、次に思いついたのは助産師。ですが助産師さんは夜勤がついて回るので、一瞬で断念することに。そして閃いたのが管理栄養士という資格でした。元来、運動習慣はなくても食事習慣のない人はいないからアプローチするなら栄養面から…と考えていたので、なぜ最初からここを目指さなかったのかと思うほど、自分の方向性にぴったり一致する選択でした。
管理栄養士を目指すことは決めたものの、学校選択にはこだわりがなく、まずは自宅から通えて社会人入試があるところをピックアップ。久しぶりの試験なので度胸試しが必要と、とりあえず最も試験日の早かった神奈川県立保健福祉大学を受験したらまさかの合格!運も実力のうちといいますが、私の一生分の運はここで使い果たしたと思い、入学以降は宝くじの購入を止めました(笑)。

たまたま入れた学校ですが、本学は学長の中村丁次先生をはじめ、日本の栄養界をリードする先生方が揃っており、現役学生に将来管理栄養士のリーダーとなることを前提とした教育を行っています。そんな人達と一緒に、尊敬できる先生方の講義を受講できることはとても幸せで、勉強は本当に大変ですが充実した日々を過ごしています。私でも何とかなっているので、田中さんだけでなく少しでも興味のある方はチャレンジしてみてはいかがでしょうか? 逆に管理栄養士さんが看護師、保健師を目指すのもありかと思います。
将来をどうするか…今は全く未定の状態です。いずれ起業したいという夢もあるのですが、学生さん達を見ていると、自分がどうこうするというよりこれからの若い人を育てるのもいいかな?と思ってみたり、管理栄養士として1〜2年はどこかでキャリアを積んだ方がいいかな?と考えたり、せっかくだからこのままもう少し勉強を続けようかなと思案してみたり。成り行きまかせ、思いつきで歩んできた人生なので、この先も予測はつきません。でも、何らかの形で人々がより健康であることを支援できたらいいなと思っています。


次回予告

山越 さつきさん ⇒ 村田 陽子さんへのバトン
村田さんには、私が保健師学生時代に健康教育の授業でを講義をしていただきました。 就職後は、村田さんが主宰するビーイングサポート・マナの「自己決定を援助する健康相談」のセミナーを受講し、行動変容を押し付けるのではない支援者としての健康相談の方法を学びました。いつもステキで、私が尊敬する保健師さんのお一人です!
開業保健師の会の開催など、現在も精力的に活動されている村田さんですが、起業保健師のパイオニアとして、これまでの経験談や保健指導に携わる方々へのアドバイス、今後の展望等についてお話をうかがいたいと思います。
次回をお楽しみに!

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脱マショウノオンナ 『保健師だより』私流のコツワザ集
ニッポンの健康づくり 辻一郎先生 津下一代先生 インタビュー
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