特集-リレー連載

タイトルどおりSNS保健指導向上委員会の現場に関わる会員の方を中心に、リレー形式で連載記事を執筆いただく企画。毎回、執筆いただいた方に「次はこの人にこれを聞きたい!」をお聞きし、バトンをつないでいきます。

第49回は、松山 由美子さん⇒三井 洋子さん へのバトンです。

第49回
「一人ひとりのなかにある夢を育む仕事がしたい 〜私が起業した理由」

三井 洋子(みつい・ようこ)
(SNSハンドルネーム:anone)

長野県須坂市出身。慶應義塾大学医学部付属厚生女子学院卒業。長野県公衆衛生専門学校保健師学科卒業。長野県須坂市役所で26年間保健師として活動した後、 2008年3月に退職し、8月に「株式会社 Dream Seed」を設立。須坂市での26年間の活動で学んだことやそこで結んでいただいたご縁に支えられて、新たに歩みはじめる。
活動の柱は3つ
* 心と体にかかわる専門職向けの研修、育成支援
* 事業所等のメンタルヘルスや健康管理
* 個人のケアのためのセラピールーム「ブレス」
自分の感覚を信じて、やりたいこと、気になったことを続けてきた結果が今につながっている。

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三井洋子さんからのひとこと
前回ご執筆の松山さんからは、「保健師に必要なものやクライアントに関わる際の心構え、大切にしていることなど、日々、感じていることを教えていただきたい」と、リレーのバトンを受け取りました。これを機会に、今までの自分を振り返りながら、なぜ今このような働き方をしているのかをお話しできればと思います。

本当は保健師になりたかったわけではない

公務員を辞めて起業すると、いろいろな人から「どうして?」とその理由をよく聞かれます。また最近、カウンセラー養成に関わり始めたことで、自分を振り返り、今に至る自分を語る機会が増えてきました。そんなことから、自分がどのように今の職業を選び、何に興味を持って歩んできたのかが見えてきました。

私は、はじめから熱意を持って看護師になりたい、保健師になりたいと思っていたわけではないのです。元々「人」に興味があって、心理学を勉強したかったのですが、希望の大学には落ちてしまい、滑り止めの看護学校に入学したところからスタートしました。選択の場で、多くは消去法を使い(笑)、いろいろな事情を考えて選んできたのです。

母も看護師でした。子育て中はやめていましたが、私が小学校高学年のころから、産婦人科医院の夜勤や市役所の予防接種を手伝っており、保健師への道は母のたくらみの中で準備されていたのかもしれません。
親の期待に沿う「いい子」でした。親の束縛から逃れるように東京の学校へ進学しましたが、結局は長女として実家に戻ったのです(妹も同じ道を歩んで看護師をしていましたので笑えますね)。

その頃の私は、自分で言うのもなんですが、真面目でした。学生時代に学んだことを実践すべく、最初のころは「知識を学んで、正しいことを伝える」お節介で生意気な保健師だったかもしれません。場を与えられれば、一生懸命「良い保健師」をしようとしていました。何が良いかもわからないまま…です。


須坂市での保健師活動と子育て

須坂市は、「保健補導員」発祥の地です。そのため家庭の主婦を対象にした健康教育の場はとても盛んでたくさんありました。地区担当として保健活動をしながら、30人ほどの保健補導員さんを対象に、2年間毎月1時間程度の健康教育の時間があります。先輩たちも他の地区を担当して同様のことをしています。新人もベテランも関係ありません。

最初にやった健康教育が「家族計画」の指導です。母親くらいの年齢層の人を対象に、独身22歳のデビューです。とにかく必死! 2〜3年経った頃、保健補導員さんたちに、「どんな子育てをするんだろうね。いろんなことがわかっていていいね。」と言われたことがあります。皮肉でもなく普通に言われた言葉でしたが、ドキッとしたのを覚えています。
その後、結婚・出産を経験しましたが、当然のことながら子育ては思うようにはいきません。母親としてだけでなく保健師の視点で、娘をチェックしたり「こうあるべき」と思ったり、保健師である私の子育てを他人はどう見るんだろう、という意識が働き、苦しさを感じていました。
娘は内気で、友達の中にはなかなか馴染めないオドオドした幼少期でした。私は無意識に自由で活発な子を要求していました。「こんなことをしていたら娘の心を傷つけてしまう」という不安を持ち続けていました。今思えば「い〜んだ。い〜んだ。」とまるごとOKだった父や、掛け値なしで可愛がってくれた妹の存在は、私にとっても娘にとっても救いでした。

必死で子育てをしながら保健師の仕事をしている中で、「本当にこれでいいのか?」という思いが沸くと同時に、正しい知識を伝えても目の前の人に伝わらない、というよりもっと距離が開いていく感覚を持ち始めていました。長年一緒に仕事をしてきた事務の男性に、「俺にも保健師の真似事はできそうだなあ」と高血圧や肥満の人への保健指導の口調、内容をまねされたことがあります。しかも驚くほど“上手に”です。それだけが保健師の仕事ではないとムキになって反論しましたが、そういうイメージなんだなあとショックでした。

そんな中で出会ったのが、ビーイングサポート・マナの村田さんでした。そこで「私は正しい知識を振りかざして、人を変えようとしていた」ということに気づいたのです。
良かれと思ってしてきたことだし、そう今まで教えられた気がしていたのです。その人の大切なことは私とは違うかもしれないし、私だって「こうしなさい。ああしなさい。それが正しいし、あなたのため…」と指図されることがあんなに嫌で、「私がどうしたいかをまず聴いてよ!」と思っていたはずなのに…。


学びと変化

そこから、「自己決定を援助する健康相談」「集団を対象にしたワークショップ形式の健康教育」などの学びが始まり、その延長線上で、ゲシュタルト療法の百武さんに出会いました。「答えは本人の中にある」。これはゲシュタルト療法を通じて学んだことです。
学びながら試す。仲間と数人で受講していたので仕事に活かすこともでき、須坂市での活動は充実していました。相談者も多かったので、傾聴の相手には事欠かきません。
統合失調症の方は、私が受け止め間違えると「そうじゃなくて…」と訂正し、私に気づくチャンスをくれました。
健康教育のスタイルも変えていきました。受講生がどうなりたいかという気持ちと、保健師としての「こういう地域づくりをしたい」という思いをすり合わせながらプログラムをつくりました。

そんな中で、市内企業の人事・総務の方たちの「働きざかりの健康づくり研究会」に参画しました。今まで市役所の保健師が関われなかった働きざかりの皆さんの実情を知り、一緒に考えられる機会でした。事業所のメタボリック症候群・予備群の方を対象にした「働きざかりのいきいきセミナー」はとてもやりがいのある事業でした。まだメタボリック症候群の診断基準が発表になる前、特定保健指導がスタートする前の事業です。検査データにとらわれずどんな暮らしをしたいのかというコーチング的発想での目標設定、バイキング形式の食事指導、歩数や体重を記録しながら仲間や保健師とシェアする方法、体だけでなく心の健康も視野に入れたストレスケアの学習等々が10回のコースで構成されていました。
こうした事業所との協働をはじめ、保健補導員さんとの活動等、須坂市での保健活動は自分たちで事業を生み出せる環境で、楽しく面白いと感じていました。


なぜ市役所をやめて起業したのか

そのやりがいのある状況でなぜ退職・起業だったのか……。
50歳を前に、あと10年どんな風に仕事をするか、何を大切に何がしたいのかと考えました。出てきたのは「現場にいたい。人のそばで、人の成長や変化に直接関わる仕事をしていたい」という思いでした。

①村田さんから学んだことをもっと多くの保健師・看護師に伝えたい。
②産業保健師を雇用できない事業所が、専門職のサポートが受けられる環境を作りたい。(市内の事業所では非常勤の保健師等を雇用している事業所が1か所あるだけでした)
③カウンセリングが必要な人に、継続的にカウンセリングを提供したい。

この思いがDream Seedの3つの柱になっています。

会社を立ち上げて6年目。
最近は、カウンセリングの仕事が増えています。
多くの方が、物事の受け止め方、考え方、その人の生き方のクセ、価値観等にとらわれて不調が起こっていることを感じます。長野にはまだ気楽にカウンセリングを受けられる環境が整っていません。もっともっと受け皿が必要だと思っています。
そして効果的なカウンセリングをできる人を育てたい。それが今の事業の中で大きくなってきています。自分が動きながら、地域に必要だと思うことを作り出していく〜これは、保健師的な発想だとも感じます。行政にはいませんが、「長野で人の心と体を守るために何ができるか…」、このことを考えながら仕事をしていることを感じています。
人生の後半はそういう仕事をしたい。高校で進路を考えたときにやりたいと思っていた原点、「人への興味」に戻った感じです。


保健医療従事者のカウンセリング

保健医療従事者のカウンセリングが増えています。私も含め、看護職を選ぶ人には「人の役に立ちたい」「困っている人、辛い思いをしている人を何とかしたい」という思いが強いように思います。だからこそ、この仕事が成り立っているのかもしれませんが、自分の気持ちより他人の気持ちを優先したり、他人の面倒をみてばかりいたりして、自分のことを大切にできていないのかもしれません。「自分」や「自分の大切なもの」がわかることは、これからの人生でとても重要なことです。がんばっている保健医療従事者自身が自分を認めて癒すこと、そして楽になることで、サポートされる側である患者や住民、社員も楽になるのではと思っています。


「Dream Seed」の名前の由来

保健師や看護師はもちろん、働きざかりの皆さん、子育てママ、未来を不安に思う高校生大学生が、心もからだも「これでいい」「これが今の私」と感じられるようなお手伝いをしたいと思っています。立ち止まることも含め、「今の自分」を受け入れることからスタートして、どんな変化が起こるのか、起こしたいのか…。それに付き合って、寄り添って、一緒に泣いたり笑ったりしながら夢を追いかけたい。
「Dream Seed」の名前の由来です。
夢の種……もしかしたらその存在すら本人も気づいていないかもしれません。でも、一人ひとりのなかにある夢の種を、大切に育む気持ちで寄り添いたい。
「答えは本人の中にある。変化のエネルギーは本人の中にある。」を信じて寄り添いたいと思っています。


次回予告

三井 洋子さん ⇒ 石澤 美代子さんへのバトン
石澤さんは、長野県健康づくり事業団で栄養指導を担当し、「働きざかりのいきいきセミナー」を一緒につくった仲間です。現在は特定保健指導の他に、松本大学 地域健康支援ステーションで管理栄養士として、地域との協同事業を展開したり、学生の指導をしたりしているので、どんな管理栄養士を育てたいかを教えていただきたいです。
次回をお楽しみに!

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